
あかねとかえでは、見ためがそっくりのふたご。親たちから「ちゃんと女の子らしく、男の子らしくなって」と無理強いされちゃった2人は、ある「チャレンジ」を思いついて……?
読むとスカッとして、心がちょっとラクになる大人気シリーズ①巻を、まるごと無料で連載中!
※これまでのお話はコチラから
18 「本当の友だち」になれたら
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「あかねちゃん、あいかわらず、すばしっこいわね」
あっという間に保健室をとびだしていったあかねを見おくって、辻堂先生は思わず笑みをうかべる。
……あかねはきっと、太陽くんに会いにいったんだろうな。
ちゃんと気持ちを伝えられるといいけど……うん、あかねなら、きっと大丈夫だ。
「とりあえずかえでくんが、あかねちゃんとすっかり仲なおりできたみたいで、ほっとしたわ」
「えっ! なんでぼくらがケンカしてたこと、先生が知ってるんですか?」
ぼくは、ビックリして先生にむきなおる。
「ふふ、じつは、あなたたちふたごのことを心配して、友だちとしてどうしてあげたらいいかって、相談しにきてくれた子がいてね」
辻堂先生は名前こそ出さなかったけど、きっと凜ちゃんだろうと、ぼくは察した。
「いい友だちをもったわね、かえでくん」
「でも……その子だって、ぼくが本当は男子だと知ったら、もう友だちでいてくれないかもしれないですよね」
そう、凜ちゃんが大切な友だちだからこそ──失うのがこわい。
大ウソつきだって、嫌われるのが、こわい。
「まあ、そればっかりは、その子次第ね」
凜ちゃん次第……。
ぼくは、クラスでの凜ちゃんのふるまいを、できるかぎり思いおこす。
凜ちゃんが男子と話しているところは、ほとんど見たことがない。
特別に男子が嫌いってわけじゃないだろうけど、凜ちゃんにとって、男子か女子かのちがいは、きっと大きいんだと思う。
だから、ぼくが男子だと知ったら……ビックリするだろうし、ひとまず距離をとるだろう。
もう二度と、その距離は埋まらないかもしれない。
…………それでもやっぱり、ぼくは凜ちゃんに、これ以上ウソをつくのは、イヤだ。
そして──。
「あの、先生。ぼく、もうひとつ、相談したいことがあるんです」
ぼくは、はおっていたピンク色のカーディガンを脱いで、リボンのついた白いブラウスに、小花柄のスカートを見せる。
「ぼくはずっと小さいころから、女の子の服にあこがれていて……でも男の子だから着せてもらえなくて……。いざチャレンジをはじめて、着てみたら、やっぱり、女の子の服のほうが、自分にしっくりくるって思うんです」
「そうなのね」
辻堂先生はおだやかに、ていねいに、ぼくの話を受けとめてくれる。
「この3週間……ぼくはずっと、ヒミツがバレたらどうしようって、びくびくしていたんだけど……それでもやっぱり、毎日うれしかったのも本当なんです。それは、あこがれていたかわいい服を、堂々と着られるからだけじゃなくて……その、うまく言葉にできないんですけど……『女の子として』、みんなから扱われることが……、ぼくにとって、とても自然なことで……」
ぼくはスカートのすそをにぎり、うつむいて、言葉をつづける。
「あかねは、趣味や好みは男っぽいけど、やっぱり女の子なんです。でも、ぼくは……自分でも、自分の性別が、よくわかりません……」
消え入りそうになりながら、どうにかそう言いきった。
辻堂先生は、いったいなんて答えるんだろう?
吐きそうになるくらい心臓を鳴らして待つけど、一向に、辻堂先生は声を発しない。
ついに顔をあげて辻堂先生を見ると、先生は「やっと目が合ったね」とほほえんだ。
「一応、先に伝えておくと、体の性別と、心の性別が、必ずしも同じだとは限らないわ。女の子の心と男の子の心、両方をもっていると感じる人もいるだろうしね。でも、あなたが『わからない』って思うのなら、答えを出すことを急ぐ必要はないんじゃない?」
「えっ?」
ぼくはおどろいて、声をあげてしまう。
「答えを必ず出さなきゃいけないものなんて、テストくらいよ。この世のあらゆるものに『たったひとつの答え』なんてないの。それに、一度出した答えが、時間がたつにつれて変化することだってあるし、ある日とつぜん、ふってきたように答えに気づくことだってあるかもしれないわ」
「そうなんですか……?」
10歳のぼくには、先生がどうしてそんなことを言っているのか、よくわからない。
でもきっと、先生はウソをつかない人だっていうのは、わかる。
「だからね。今は、かえでくんの好きな姿で、好きなことを、好きな人たちといっしょに、楽しんでいるだけでいいんじゃないかな?」
ぼくにとって、辻堂先生の言葉は、思いがけないものだった。
だけど、だんだんと、ぼくの心になじんでいく。
「そっか……」
──女の子らしい服を着て、おえかきをして。
そして、できることなら、これからも凜ちゃんと友だちでいたい。
凜ちゃんと、『本当の友だち』になりたい。
このねがいは、ぼくが女子であっても、男子であっても、変わらない。
今は、今わかっていることを、大切にしよう。
「なんだか、すっきりしました。ありがとうございます、辻堂先生」
「どういたしまして」
ぼくは、自分のずいぶん伸びた長い髪にふれる。
こんなに長くなったのは生まれて初めてで、毎日、とかすたびに、うれしい気持ちになる。
これが、「自分らしい髪型だ」って感じる。
この気持ちを、否定しないでいよう。
「それでも、ぼくらの『チャレンジ』をどうするのかは、答えを出さなくちゃいけないと思うんです」
「そう。もう、かえでくんの中では決まったの?」
「はい。辻堂先生、ぼくは──」
ぼくの答えに、辻堂先生はなにも言わず、変わらないほほえみをむけてくれていた。
19 うちらの選ぶ道
★
「ただいまー!」
うちはくつを脱ぐと、急いで自分たちの部屋へむかう。
ドアを開けると、宿題をしていたらしいかえでが、すぐさま手を止めてふりむいた。
「おかえり、あかね! 太陽くんのところにいったんでしょ? どうだったの?」
「うん。さすがかえで、うちのことわかってるね」
かえでは自分のことのように、不安そうな表情をうかべている。
「からかってたんじゃないって、わかってもらえた──っていうか、最初からわかってたというか」
うちは、ニッと笑った。
「ぜんぶ、話してきた。うちとかえでの、これまでのこと、ぜんぶ。それでも、変わらないって言ってくれた。やっぱり太陽は、ずっと友だちでいたいって思える、いいやつだった!」
うちが強く言いきると、かえでも、自分のことみたいに、泣きそうなうれしそうな顔になる。
「そっか、よかったね、あかね」
「うん。……それでね、かえで。うち、これから『チャレンジ』をどうするか、考えた!」
「うん、ぼくも、さっき決めたよ」
「ほんと!? じゃあ、せーので言おう。せーのっ──」
「「──とりかえっこは、もうやめる」」
「ふふ、息ピッタリだったね」
「ね! これぞ、ふたごパワー!」
「ふたごパワーって、へんなの」
うちはおなかの底から笑って、かえでは口もとに手をそえながら、肩をゆらして笑って。
大笑いしたあと、かえでは少し緊張した顔つきになる。
「あのね、『チャレンジ』は終わりにするけど……ぼく、かわいい服は、このまま着ていたいって思ってる」
「そっか、よかった!」
「え?」
うちの反応を見て、かえではおどろいたように目を見ひらく。
そんなことを言われるとは、思っていなかったみたいに。
「だってかえで、かわいい服を着てるほうが、いきいきしてるもん!」
「……! うん。ぼく、こっちのほうが、好きなんだ」
かえではスカートのすそを宝物のように広げて、にっこりとうれしそうに笑った。
ふいに、ジーンと、目頭や鼻の奥に、熱いものがこみあげてくる。
うちらの『とりかえ』は結局、1か月たらずでおしまいになるけど。
うちにとっても、かえでにとっても、チャレンジしたことは、無意味じゃなかったんだ……!
「うちもね、『とりかえ』をやめても、サッカーをつづけるよ!」
と、言ったところで、うちはピタリと口の動きを止める。
サッカークラブのことを思いうかべたとき、ひとつの問題に気づいたから。
「『とりかえ』をやめる──つまり、みんなにヒミツを話すってことは、クラブ活動が……」
「そう、ぼくも、そのことについて話したいと思ってたんだ」
緑田小学校では、今の校長先生になってから、実質的に、性別によって入れるクラブが決まっている。
うちが入りたいサッカークラブには男子が、かえでが入りたいおえかきクラブには女子が所属することになってるんだ。
「校長先生、前に話したときはやさしそうだったし、正直に相談したら、わかってくれるんじゃないかな?」
「そうだよね……あ、そうだ。会いにいく前に、校長先生についてきいてみようよ」
「だれに?」
「柴沢くん。ほら、クラブ活動のことで、校長先生からなにか言われてたでしょ?」
「あー、たしかに!」
『とりかえ』のことを明かす前に、クラブ活動について調べたほうがよさそうだ。
うちらはそう結論づけて、明日になるのを待った。
◆
「あかね、かえ……双葉さん、なんだよ、あらたまって?」
翌日の放課後。
うちとかえでは、藤司を屋上につづくおどり場に呼びだした。
かえでが「なんとなく、柴沢くんは、あまり人にきかれたくないんじゃないか」って言うから。
藤司はというと、チラッとかえでのほうを見て、なんだかうれしそうにほおをゆるませている。
……あーもしかして、期待しちゃってる?
ごめん藤司、その期待ははずれだ……!
「あのな、藤司。クラブ活動のことで校長先生との間になにがあったのか、教えてほしいんだ」
うちの言葉に、にやけてた藤司の顔が、サッとくもる。
「……言っただろ、別になんでもないって。ていうか、なんでそんなことが知りたいんだ?」
いつも明るい藤司が、急にこんなに不機嫌そうになるなんて、おかしい。
うちに代わって、かえでが言った。
「あのね、柴沢くん。わたしたち、どのクラブに入るか、悩みはじめちゃって……」
「そうそう。性別で限定されずにクラブを選びたいよなーって思ってさ!」
藤司にも、まだうちらの『とりかえ』のことは言えない。
でも、今話した内容に、ウソはない。
うちらがかわるがわる言うと、藤司は目をふせ、ため息といっしょに声をもらす。
「────やめとけ、どうせムダだから」
「「えっ、ムダ……?」」
そろって、こてんと首をかしげる、うちら。
藤司は、その様子がおかしかったのか、ふっと笑みをうかべたあと、口を開いた。
「あかねにも双葉さんにも、イヤな思いをしてほしくないから、話すよ。……おれさ、ホントは、サッカークラブじゃなくて、金管クラブに入りたかったんだ」
「えっ、そうなの!?」
藤司は体育の授業のとき、すごく楽しそうにサッカーをしてるし、すごくうまい。
だから、クラブも当然、サッカーが第1希望だったんだろうって、勝手に思いこんでいた。
「……でも、金管クラブって、この学校では、女子むけのクラブ活動になってたよね」
「うん。前の学校にもあったけど、たしかに楽器を使うし、女子が多かったイメージかも?」
「そうかもな。おれは、姉ちゃんが中学の吹奏楽部に入ってて、去年コンクールを見にいったんだ。そうしたら、大人数で演奏するからすげえ迫力で、でもソロで演奏する部分もあって、それが、めちゃくちゃカッコよくてさ。あこがれて、楽器を演奏してみたくて、4年になったら金管クラブに入ろうと決めてたんだけど──」
藤司は、この春、クラブ決めのときにおこった出来事について、教えてくれた。
藤司が金管クラブを第1希望にすると、左野先生に呼びだされたこと。
「女子ばかりで友だちも作りづらいだろうし、考えなおさないか」と言われたこと。
左野先生も、なんとなく、先生自身の考えというよりは、だれかに言わされているような、ぎこちない感じがしたらしい。
藤司がすぐに断ると、そこに校長先生がでてきて、「男が女子にまざって楽器なんて弾いて、どうするんだ?」とあきれたように言いはなったこと。
それでも希望を変えずに希望用紙を出すと、左野先生から「希望人数が多くて抽選をした結果、柴沢くんは落ちてしまった」と告げられたこと……。
そしてなぜか、いつも第1希望だけで定員がいっぱいになるサッカークラブに入れたこと──。
「おれはサッカークラブ、第2希望にしてたのに。きっと、抽選とか理由をつけて第1希望を落としたから、罪ほろぼしのつもりで、こっそり入れたんだろうな」
「なんだよそれ、ひどすぎ!!」
藤司がサッカークラブに入るまでに、そんな経緯があったなんて。
校長先生の対応、『あかねくん』と『かえでちゃん』と話したときとは、ぜんぜんちがうじゃん!
でも、うちはうちで──。
「オレ、藤司はずっとサッカークラブが希望なんだって、ききもせずに決めつけてた。ごめん」
「いや、いいよ。だれにも話してないおれも悪いんだし」
「ちがうよ。柴沢くんは、話してないんじゃなくて、だれにも話せなかったんでしょ」
かえでが、そっとつぶやいた。
「え……」
藤司は、おどろいた顔でかえでを見た。
あごに手をそえて、視線をゆっくりと左右に動かす。
「……たしかにそうだな。なんかおれ、『かくさなきゃ』って思ってた。女子が入るクラブに入りたがる自分のほうが、はずかしいんだって……」
「そうだよな。校長先生も左野先生も、藤司にそう思わせるような行動をしてるし……!」
それに、望んでいないのに、サッカークラブに横入りしたことにまでなってるしね。
「柴沢くんは、なにも悪くないよ」
かえでが、そうハッキリと告げると、藤司の表情がやわらぐ。
「……ありがと。やっぱり双葉さん、やさしいな」
「えっ! ううん……わ、わたしも、そういう気持ちはよくわかるから……」
うれしそうに藤司に見つめられて、かえではぎこちなく視線をそらす。
……藤司、本当にかえでのことが好きなんだなあ。
ああそうだ、あともうひとつ、きいておかなくちゃ。
「藤司。おまえはこのまま、サッカークラブでいいのか?」
「サッカークラブもさ、ふつうに楽しいよ。もしあかねが入ってくれたら、もっとハイレベルなプレイができて楽しいと思う。でも、おれは……やっぱり、金管クラブに入りたかったな」
藤司は表情を引きしめ、ぐっと右手に力をこめる。
「そっか。話してくれてありがとな」
「いいよ。おまえらもおとなしく、あかねがサッカークラブで、双葉さんがおえかきクラブにしときなよ。先生たちの機嫌をそこねたって、いいことないぜ」
藤司の言うことは、もっともだ。
『みんな』とちがうことをしたり、さからったりするしんどさは、うちらだって十分に経験してきたから。
……でも、それと同時に、強く思う。
「それでいいのかな……?」
「えっ?」
だって、この──性別で決めつけられて、自分の好きなことを選べない環境は、うちとかえでを苦しめてきたんだ。
現に藤司だって、楽器や演奏へのあこがれを、ムリやりおさえこんでいる。
そして、こんなふうにつらい思いをしてる生徒は、きっと藤司以外にもいるはずだ。
これから先も、少なくとも校長先生がほかの人に替わるまで、増えつづけることになる……?
──左野先生は、自分を納得させようとしてるみたいに、「男女で分けるようにしてから、クラブ活動でのトラブルが少なくなった」なんて言っていたけど。
実際には、目に見える問題がなくなっただけ。
おとなが、勝手に満足しているだけじゃないのかな?
そのかげで、藤司のような生徒が、ひっそりと、好きなことをあきらめてきたんだ。
「そりゃ、このままでいいわけないよ。でもだからって、おれたちにはどうにもできないだろ?」
あきらめの笑みすらうかべている藤司の言葉に、うちはドキッとする。
うちらが『チャレンジ』をしたのも、今考えれば、「自分たちにはどうにもできない」と思ったからだから。
「この状況を変えられるわけがない」って。
──家族もクラスメイトも、みんなみんな、うちらを認めてくれない。
なら、ウソをついてしまえば、好きなことができて、人にも認めてもらえる──。
方法はそれしかないんだって、うちらは思いこんでいた。
でも、どうにもならないと感じることでも、変えられるかもしれないって、今は思える。
それにね。
うちは、『とりかえ』をやめても、絶対にサッカーをしたい。
もう「女の子だから」っていう理由で、サッカーすることをあきらめたくない。
その第一歩が、サッカークラブなんだ──!
顔をあげてかえでを見ると、すぐに視線が重なった。
不安そうではあるけど、それ以上に、決意と闘志に満ちた、りりしい表情。
口に出して、たしかめずともわかる。
かえでも、うちとおんなじ気持ちだ。
「藤司。やっぱり、オレたちはあきらめない。藤司にとって、おどろくことがおきると思うけど……オレたちのこと、見まもってほしい」
「え? お、おう、わかった」
藤司は、なんのことかサッパリだろうけど、うなずいてくれた。
さあ。かえでといっしょに、作戦を立てなくちゃ。
うちらが、ありのままで楽しい学校生活を送れるように。
藤司が、みんなが、好きなクラブを選べるように。
ここからまた、うちら(ふたご)のチャレンジが始まるんだ!
第7回へつづく(5月21日公開予定)
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