1990年代あたりから、学校現場の声や国際的な流れを受け、日本国内でも「包括的性教育」の考え方が学校に浸透し始めました。現在では学習指導要領に基づき、男女ともに同じことを教える性教育が広がってきています。
そのなかで、東京の私立和光学園では小学校6年間を通して「生きる力」を育むための性教育のカリキュラムをいち早く実践してきました。4年生からの保健体育の時間内でふれて終わるのではなく、性に関する疑問を子どもと一緒に考えていく授業内容が各方面で評価されています。
和光小学校と幼稚園の前校園長で、性教育の実践に取り組んできた北山ひと美先生に、性教育を通して子どもと向き合う大切さについて、お話をうかがいました。

北山ひと美
和光小学校・和光幼稚園前校園長。一般社団法人“人間と性”教育研究協議会(性教協)代表幹事、性教協乳幼児の性と性教育サークル代表。幼稚園、小学校の現場で、性教育のカリキュラムづくりと実践を重ねている。共著に『あっ! そうなんだ! 性と生』(2014年、エイデル研究所)、『乳幼児期の性教育ハンドブック』(2021年、かもがわ出版)など。『性ってなんだろう?』(2022年、新日本出版社)監修。NHK Eテレ「アイラブみー」監修ほか。
■ 「性教育」ってなんだろう?
性教育と聞いて、保護者のみなさんはどんなイメージをお持ちでしょうか。女の子は月経について教わり、男の子は射精について教わり、それぞれ二次性徴の始まりについて準備しておく、といった内容を思い浮かべる方が多いかもしれません。
私たちの学校では「からだ・こころ・いのちの学習」という一連の授業の中に、適切な時期を選んで月経や射精、妊娠のしくみなどを扱っていきます。
現在の包括的性教育では、生殖のことや性感染症を防ぐ、避妊をするといった、からだにまつわることを教えるだけではなく、人間関係、社会とのつながりなど幅広く学び、ジェンダーの理解、暴力と安全確保などという、もっと大きな枠組みから捉える目線が重要になっています。そのためにもまず自分のからだを知ること、そして他者のからだについて理解を深めることが必要と考えています。

■ 学校によって教え方が変わる?
● 教える側が学ぶ必要性
いわゆる性教育元年といわれるのが1992年ですが、性感染症やエイズ感染の増加などの影響もあり、性教育の必要性が注目され、学習指導要領の改訂がありました。
その中で授業でも「人の誕生」を具体的に扱っていくということが始まりました。今は基本的に男女同じ内容を学ぶことになっています。どの小学校でも、その流れに対応はしているはずですが、受精の過程まで踏み込むかどうかなど、取り扱う内容には学校ごとに大きな差があるのが実情です。
私たちの研究会(一般社団法人“人間と性”教育研究協議会)には、公立私立問わず、養護教諭など性教育の必要性を感じている先生方が多くいらっしゃいますが、必ずしも学校全体で取り組む態勢が整っているというわけではないようです。
とはいえ、これは私立小学校の例ですが、ここ数年で養護教諭の先生方の部会などで講演や研修を頼まれる機会がかなり増えています。やはり養護の先生方は、保健室に来る子どもたちの様子をいつも見ていますから、子どものこころとからだに問題意識を持つのでしょう。
小学校が一体となって取り組むためには、学校の管理職の理解も欠かせないのがポイントですし、どういうカリキュラムで進めていくかということを教える側が学んでいく機会も必要です。
● 海外では…
日本の性教育の状況は海外に比べてどうしても遅れていると言わざるを得ないでしょう。ヨーロッパなどの多くの国々では、「国語」や「算数」と同じレベルで「性教育」が必要なものとして、すでにしっかり位置づけられています。
日本では現在でも、学習指導要領では具体的に突っ込んだ内容になっていないため、扱いの軽い小学校ではさらっと、しっかりやろうという小学校では手厚い、という学習状況の差が生まれてしまいます。

■ 性教育はいつから必要?
学校指導要領では主に小学校4年生から保健の授業で「射精」「月経」や男女のからだの変化を教え、5年生では理科で「人のたんじょう」という形で受精卵や胎児の成長や誕生を扱うとしています。6年生では再び保健で人間関係や性に対する適切な態度を育てる、ということになっています。
ただ、これは教育現場での話なので、お伝えしたように内容にはばらつきがありますし、学校で習っているから、と家庭で性教育がなくていいというわけではありません。
家庭での性教育では、『なにを・いつから・どのように』伝えるかが悩みどころかもしれません。
● 大事なのは話ができる関係性
家庭での性教育を考えるとき、一番大切なのは、小さいときから親子でなんでも話せる、子どもが聞きたいときに親がきちんと向き合えているという関係性です。普段から子どもの話を聞いてあげているでしょうか? 会話のキャッチボールができているでしょうか?
それができていれば、子どもは性に関する話題も自分から口にできる、こころの余裕があるかもしれません。
また、子どもは自分のからだや親のからだ、他人のからだに興味を持つタイミングがあります。
「なんで女の子は立っておしっこしないの?」「赤ちゃんってどこから生まれてくるの?」
そんな素朴な質問は、子どもにとってごく自然な問いです。親が「そんなこと知らなくていいの」などと適当にあしらったり隠したりすると、「なにか、聞いてはいけないことなのだろう」と感じてしまうでしょう。

もしいきなりの質問にギョッとしてしまってすぐに答えられないとしても、「お母さんもわからないから、あとでちゃんと調べて教えるね」と伝えられればいいですね。からだや性にまつわる疑問は、悪いことではない、うちのお母さんやお父さんはごまかさずに受け止めてくれる、それができているだけでも、立派な性教育の始まりではないでしょうか。
もちろん、月経や射精(夢精)については、始まる前(4年生ごろ)に先に声かけをしておいてあげたほうが安心でしょう。でも、それがいつ起こったとしても、親に「困った」と言える関係性があることのほうが、子どもにとってはよほど安心なことだと思います。
● 年齢に応じた関係の作り方
小学校低学年だとまだ無邪気になんでも聞いてくるかもしれませんが、高学年になってくるとからだや性の話がしにくくなる、とおっしゃる保護者は多いです。
でも、それもごく普通のこと。子どもも自分のからだのちょうど変わり目ですから、いきなり改まって「話があるんだけどちょっと座って」なんてなると、親子ともに緊張してしまいますよね。やはり子どもが親から具体的なことを聞きたいと思う場合は、それなりの適切なタイミングというものがあるはずです。
この本(「こどもせいきょういくはじめます」)は、子ども自身が知りたいけど誰にも聞きづらい、そんな性にまつわる話をマンガで楽しく知ってもらえればという思いで作りました。

『こどもせいきょういくはじめます』著/フクチマミ 村瀬幸浩 北山ひと美
親としてはなかなかうまく伝えられない、でも性の話、命やからだを大切にするための話は伝えたい、そういうときに「これ、おもしろかったよ」と渡してみたり、子どもから聞かれたときに「私もわからないからここ一緒に読んでみようよ」と誘ってみたり、親子の会話のきっかけにも役立てることができるはずです。もちろん、おうちのリビングに置いておいたらいつのまにか読んでいた、でもいいのです。あまりそのことを親と共有したくない子もいるでしょうし、肝心なのはその子が知りたいタイミングで、正しい情報が得られること、なのです。
『こどもせいきょういくはじめます』全ての漢字に読み仮名があるなど、
子どもにも読みやすいマンガになっています。ためし読み連載も公開中。
“子どもに伝えたい性の話” 一問一答
異性の親が子どもに月経や射精の話をするのはどうなんでしょうか?
A.
学校で先生が授業として話す場合には、同性でも異性でも問題ないと思いますが、親子ってどうしても近い関係性ですので、やはり性にまつわることは同性の親から聞きたいという子どもが多いようです。
できるなら娘にはお母さんが、息子にはお父さんが話してあげるのがベストかもしれませんが、シングル家庭であったり、同性の親がどうしても話すのをいやがったりする場合もあるでしょう。そんなときは、代わりがつとまりそうな大人、かつ親子ともに信頼がおける人を探してみてください。もちろん学校の先生でも、保健室の先生でも、親戚のお兄さん、お姉さん、おじさんおばさんでもいい。
ちょっと異性の親には聞きにくい、言いにくい、そんなことをこの人になら、という子どもと同性の信頼できる大人がいれば、困ったときも相談できるでしょう。
そのような大人が周囲にいないときは、公共の子ども家庭支援センターなどを自治体で探して相談してみてもいいかもしれません。

学校の授業でひと通りのことを教えてくれるのなら、わざわざ親が細かく教えてなくてもいいですか?
A.
今では月経の手当てについても授業で必ず扱ってはいるので、わざわざ月経のしくみから説明しなくてもいいとは思いますが、結局生理用品を買うとか、胸がふくらんできてブラジャーを買うとか、親が関わらないわけにはいかないことが必ずあります。「学校ではどんなこと教わってる?」と聞いて子どもと会話することはあったほうがいいでしょう。
さらに、いくら話をするのはお母さん、と決めていても、初めての月経がお父さんしかいないときに始まることだってあるわけです。ですからお父さんだって、娘が困っていそうなときには、生理用品がどこに置いてあるかをさりげなく伝えるくらいはできてほしいものですよね。
相談役は決めていたとしても、家庭の中で連携をとったり情報を共有したりということはやはり必要だと思います。

男の子の射精や性器のことについて、父が息子に話すのはハードルが高いです…
A.
射精のことだけを特別なこととして考えるとよけい難しいですよね。普通に気になることがないかを聞いてあげるだけでもいいのではないでしょうか。
子どもにしてみれば自分のからだがどんどん変わっていくわけですから、その状況に戸惑ったり嫌悪感を持ってしまったりすることもあります。勃起したり夢精があったり、人の裸が気になったりとそれこそ自分は病気なんじゃないかと悩んでしまう子もいます。
たとえばお父さんが、勃起することや射精することを「全然おかしくないし、自分も同じだった」と伝えるだけでも、子どもは安心感を得られるかもしれませんし、もう少し踏み込んだ悩みを話してくれるかもしれません。そのくらい、子どもにとって同性の大人から肯定されることは大きいものです。

同居の母が娘の初潮が来たかを本人にひんぱんに聞きます。私が母にやめさせるべきですか?
A.
本人がどう思うか、が一番大切ではないでしょうか。本人が気にしていれば聞かれたくないでしょうし、おおっぴらに聞かれるのも嬉しくないかもしれません。
昔はそれで一人前の女性、とするのが自然だったかもしれませんが、ひとりひとりのからだや性の選択を尊重する性教育の観点から見れば、自分のからだについての情報は人に言わなくてもいいのです。
この「自分のからだについて、無理に知らせなくていい」という認識は安心感につながります。からだとこころにまつわることをむりやり聞き出すのは親であっても控えたほうがいいですね。
一方自分の情報をオープンにしなくてもいいということとは別に、子ども自身が異性のからだやそのしくみについて知っておくことはとても大事だと思います。性器の形が違うからおしっこの仕方が違う、お風呂でのからだの洗い方も違う、なんのために男女で形が違うんだろう、となれば自然と命のもとやその誕生について考えることになります。
結局、性教育というのは、異なる人間同士がこの社会の中で一緒に生きていくということや、お互いを理解することで受け入れていくというコミュニケーションと大きく関わっていくことです。
これからを生きる子どもたちには、ひとりひとりのこころとからだの違いを知り、受け入れ、自分も他人も大事にできる人間になっていってほしいものですね。

イラスト・一部画像提供:PIXTA
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